著作者:Miguel Jiménez
オレンジ色のドーム屋根が印象的な「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」は、
通称「ドゥオーモ」と呼ばれ、全長153メートル、幅90メートル、高さ107メートル、
ドーム部分の内径43メートルと、聖堂としては世界で4番目に大きい建物として、古都フィレンツェのシンボルとなっています。
教会内陣上部のドームは、石積み建築としては世界最大で、晩期ゴシック~初期ルネサンス建築の代表作として知られています。
今回は、この世界最大の組石造によるドーム建築を実現した、その工法と、発案者である、フィリッポ・ブルネレスキについて取り上げたいと思います。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の建設は、1296年、当時フィレンツェの大聖堂であった、サンタ・レパラータ聖堂の改築工事として開始されました。
工事と並行して様々な図面が引かれ、模型がつくられました。
そして、1367年、身廊のスパンとともに、8角形のドーム各辺の長さが8.4m、床面から頂部までの高さが84mと定められました。
この時点で、建物の形はほぼ決定され、あとはどのような手順で実施していくか、純粋に技術的な問題が残りました。
現代の建設工事のやり方と違って、この当時の人々は、予想される技術的問題を解決してから工事に臨むことは少なく、出来上がった模型に満足し、工事にとりかかってしまったようです。
もし、こうした巨大なドームを建造する際、当時の組石造建築で一般的だった内部仮枠方式でやろうとするなら、膨大な量の木材骨組みが必要でした。
この場合、作業足場には自重で壊れてしまわない堅牢さが求められます。
しかし、そのような堅牢な内部足場の骨組みは、ドーム内側からの建設作業を不可能にしてしまうほど込み入ったものとなります。
また、ドームの外部工事では、それ以上に巨大な外部足場も必要となります。
これらの仮枠や工事足場の問題については、技術的な手段が限られていたこの時代、単なる技術的な問題として片づけることの出来るものではありませんでした。
(次回へ続く)
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